愛用のペリカン万年筆、特に美しいスーベレーンの白い軸が、なぜか白っぽく変質してしまった、という経験はありませんか。
この「ペリカン万年筆の軸が白くなる」現象は、実は万年筆の素材とメンテナンス方法に深く関わっています。
具体的には、スーベレーンの軸が水分でふやける問題や、最悪の場合の軸割れのリスクが考えられます。また、インクの種類によっては首軸の腐食が進むこともあります。
この記事では、インク詰まりを解消する方法やM800の正しい洗浄手順、ピストンや尻軸の不具合といった修理メンテナンスの詳細について解説します。
さらに、ペン先の交換は可能なのか、ペン先の寿命はどれくらいですか?といった疑問から、メーカーの保証期間に至るまで、大切な万年筆を長く愛用するための知識を網羅的にご紹介します。
記事のポイント
- 軸が白くなる本当の原因と具体的な症状
- 正しい洗浄方法と日常のメンテナンスにおける注意点
- 修理が必要になるケースとメーカー保証に関する情報
- 万年筆を美しい状態で長く愛用するための予防策
ペリカン万年筆の軸が白くなる原因と症状
- スーベレーンがふやける水分吸収の仕組み
- 最悪の場合、軸割れに至ることも
- スーベレーンの首軸が腐食するインクとは
- M800洗浄時の注意点と正しい手順
- インク詰まりを解消する方法は洗浄が基本
スーベレーンがふやける水分吸収の仕組み
ペリカンスーベレーン万年筆の美しいストライプ軸が白くなる、あるいはふやけたように変質する主な原因は、胴軸に使われている「セルロース・アセテート」という素材の性質にあります。
この素材は、植物繊維由来のバイオプラスチックの一種で、独特の美しい発色と質感を持ちますが、水分を吸収しやすいという特徴も併せ持っています。そのため、万年筆を洗浄する際に、胴軸ごと長時間水に浸けてしまうと、素材が水分を吸って膨張してしまうのです。
特に、樹脂を交互に重ねて作られているストライプ模様の部分は、切断面から水分が浸透しやすい構造になっています。水分を含んで膨張すると、白っぽく濁ったように見えたり、実際に軸が太くなったりします。これが「軸が白くなる」現象の正体です。
つけ置き洗浄は厳禁
万年筆の洗浄方法として「首軸ごと一晩水に漬ける」という解説を見かけることがありますが、スーベレーンのストライプ軸モデルでは絶対に避けるべきです。一度膨張してしまうと、完全に元の状態に戻すことは非常に困難になります。
最悪の場合、軸割れに至ることも
前述の通り、スーベレーンの胴軸が水分を吸収して膨張すると、見た目の問題だけでは済まない深刻なトラブルにつながる可能性があります。
最も多く報告されるトラブルは、胴軸が膨張することでキャップが閉まらなくなるというものです。無理にキャップを閉めようとすると、キャップの内側と胴軸が擦れて傷が付くだけでなく、最悪の場合はキャップ自体が破損することもあります。
さらに症状が進行すると、膨張した圧力に素材が耐えきれず、胴軸に亀裂が入る「軸割れ」を引き起こす危険性も否定できません。軸割れが発生してしまうと、インク漏れの原因となり、万年筆としての使用は不可能になります。修理も困難なケースが多いため、洗浄時の取り扱いには最大限の注意が必要です。

スーベレーンの首軸が腐食するインクとは
軸の白化とは異なる問題ですが、スーベレーンで注意したいのが首軸にある金属リングの腐食です。これは、使用するインクの種類によって引き起こされることがあります。
特に注意が必要なのは、ペリカン社の純正インク「4001 ブルーブラック」に代表される「古典インク」です。古典インクは、没食子(もっしょくし)インクとも呼ばれ、主成分であるタンニン酸と鉄イオンが化学反応を起こして紙の上で定着・発色します。この化学的性質から、優れた耐水性・耐光性を持ちますが、一方で酸性度が比較的高い(pH値が低い)という特徴があります。
スーベレーンの首軸リングは、金メッキが施されていますが、長年の使用でメッキに微細な傷が付くと、そこから酸性のインクが染み込み、下地の金属を腐食させてしまうのです。インクを補充した際にリング周りをしっかり拭き取らないと、腐食のリスクは高まります。
腐食リスクを避けるには
古典インクの使用を避けるのが最も確実な対策です。ペリカンであればエーデルシュタインシリーズの「タンザナイト」や、国産メーカーのブルーブラックインクなど、染料系のインクを選ぶと良いでしょう。もし古典インクの書き味を楽しみたい場合は、インク補充後や筆記後に、首軸周りをこまめに清掃することを心がけてください。
M800洗浄時の注意点と正しい手順
スーベレーンシリーズの代表格であるM800をはじめとした吸入式万年筆は、正しい手順で洗浄することが非常に重要です。ここでは、軸の膨張や故障を防ぐための洗浄方法を解説します。
まず大前提として、胴軸(ストライプ部分)を水に浸けることは絶対に避けてください。
正しい洗浄手順
- インクの排出
尻軸のピストンを操作し、内部に残っているインクをインクボトルやティッシュの上などに全て排出します。 - 水の吸入・排出
コップに常温の水を張り、ペン先から首軸の根元あたりまでを水に浸します。尻軸をゆっくり操作して、水を吸入・排出する動作を繰り返します。 - 色の確認
排出される水の色が透明になるまで、2の工程を根気よく続けます。内部のインクが完全に出切るまで行いましょう。 - 乾燥
洗浄が終わったら、ペン先を下にしてティッシュや柔らかい布の上に置き、内部の水分を吸い出します。ペン先をティッシュで優しく包むようにして水分を取り、一晩から数日間、自然乾燥させるのが理想です。
分解洗浄のリスク
スーベレーンはペン先ユニットを回して取り外すことも可能ですが、頻繁な分解は推奨されません。ペン先とペン芯の位置がずれてインクフローが悪化したり、ネジ山を傷めたりするリスクがあります。基本的には分解せず、水の吸入・排出による洗浄を行いましょう。
インク詰まりを解消する方法は洗浄が基本
万年筆のインクフローが悪くなったり、インクが出なくなったりした場合、その原因の多くはペン先やペン芯内部でインクが乾燥・固着してしまった「インク詰まり」です。
この問題を解消する最も基本的で効果的な方法は、万年筆の洗浄です。前述の「M800洗浄時の注意点と正しい手順」で解説した方法で、内部の古いインクを洗い流すことで、症状が改善されるケースがほとんどです。
特に、しばらく使っていなかった万年筆を再び使い始める前には、一度洗浄を行うことをおすすめします。また、顔料インクや古典インクなど、固まりやすい性質を持つインクを使用した後は、よりこまめな洗浄がインク詰まりの予防につながります。
最高のメンテナンスは「毎日使うこと」
実は、万年筆にとって一番のメンテナンスは「毎日少しでも書くこと」です。毎日使うことでペン芯内のインクが常に循環し、乾燥して固まるのを防ぐことができます。同じインクを使い続けるのであれば、頻繁な洗浄は不要で、2〜3ヶ月に一度の洗浄で十分な状態を保てます。
もし洗浄してもインク詰まりが解消しない場合は、ペン芯の溝に微細なゴミが詰まっているか、ペン先の調整が必要な可能性があります。その際は、無理に自分で解決しようとせず、専門店やメーカーのメンテナンスサービスに相談するのが賢明です。
ペリカン万年筆が軸が白くなる問題の対処法
- 基本的な修理とメンテナンスの考え方
- 修理が必要なピストンや尻軸の不具合
- ペン先交換は修理で可能か
- ペン先の寿命はどれくらいですか?交換時期
- メーカーの保証期間はいつまで?
基本的な修理とメンテナンスの考え方
万年筆に不具合が生じたとき、まずはその原因を冷静に判断することが大切です。自分で対処できる問題なのか、それとも専門家の助けが必要なのかを見極めましょう。
インクが出ない、インクフローが悪いといった症状の多くは、本記事で紹介した洗浄によって解決できます。しかし、軸が膨張してしまった、ピストンが動かない、ペン先が曲がってしまったといった物理的な破損や故障の場合は、無理に自分で直そうとすると、かえって状態を悪化させてしまう可能性があります。
トラブルの症状 | 考えられる原因 | 推奨される対応 |
---|---|---|
インクフローが悪い・かすれる | インク詰まり、インクとの相性 | 自分で洗浄する。インクを変えてみる。 |
軸の膨張・白化 | 水分の吸収による素材の変質 | 専門家(販売店・メーカー)に相談する。 |
ピストンが固い・動かない | インクの固着、潤滑油切れ | 洗浄で改善しない場合は専門家に相談する。 |
ペン先の曲がり・損傷 | 落下などの物理的衝撃 | ペンドクターなどの専門家に修理を依頼する。 |
インク漏れ | 軸の破損、部品の劣化 | 専門家に相談し、原因を特定してもらう。 |

修理が必要なピストンや尻軸の不具合
スーベレーンのような吸入式万年筆の心臓部ともいえるのが、ピストン吸入機構です。この部分に不具合が生じると、インクの吸入ができなくなり、万年筆として機能しなくなります。
よくある不具合としては、尻軸を回してもピストンがスムーズに動かない、あるいは全く動かなくなってしまうケースです。
これは、長期間使用しなかったことで内部でインクが完全に固着してしまったり、ピストンを潤滑しているシリコンが切れてしまったりすることが原因として考えられます。
ピストンの動きが固いと感じたら
まずは洗浄を試み、内部の固着したインクを溶かすことで改善する場合があります。
それでも改善しない場合は、ピストン機構のメンテナンスが必要です。
一部の万年筆専門店では、分解して内部を清掃し、専用のシリコングリスを再塗布するメンテナンスを行っています。
メーカーに修理を依頼することも可能です。
また、尻軸自体が空回りしたり、破損したりするケースもあります。これは部品の交換が必要になるため、速やかにメーカーや購入店に相談しましょう。無理に分解しようとすると、他の部品まで破損させてしまう危険があるため、絶対におやめください。
「ペリカン万年筆の尻軸修理ガイド【原因・料金・依頼先】」にて尻軸に関する詳しい情報を解説していますので、合わせてご覧ください。
ペン先交換は修理で可能か
ペリカン万年筆の大きな魅力の一つは、多くのモデルでペン先ユニットの交換が容易である点です。
スーベレーンシリーズ(M300, M400, M600, M800, M1000など)は、ペン先、ペン芯、そしてそれらを保持するソケットが一体となった「ペン先ユニット」として設計されています。このユニットはネジ式になっており、首軸から回して取り外すことが可能です。
これにより、以下のような対応ができます。
- 字幅の変更
「F(細字)を使っていたけれど、M(中字)も試したい」という場合に、ペン先ユニットごと購入して自分で交換することができます。 - ペン先の破損
万が一ペン先を落下などで破損させてしまった場合でも、本体ごと買い替えるのではなく、ペン先ユニットのみを交換して修理することが可能です。
自分で交換する際の注意点
ペン先ユニットの交換は比較的簡単ですが、注意も必要です。強く締めすぎるとネジ山を破損したり、逆に緩すぎるとインク漏れの原因になったりします。また、取り外す際にペン先とペン芯を強く握りすぎると、位置がずれて書き味に影響が出ることもあります。自信がない場合は、販売店に依頼するのが最も安全です。
ペン先の寿命はどれくらいですか?交換時期
「万年筆のペン先は一生もの」とよく言われますが、これは半分正解で半分は誤解を含んでいます。正しく使えば非常に長く使えるのは事実ですが、明確な寿命がないわけではありません。
ペン先の寿命は、使用頻度、筆圧、使用する紙、インクの種類など、様々な要因に左右されます。ペンポイントに使われているイリジウム合金は非常に硬い素材ですが、紙との摩擦によって少しずつ摩耗していきます。
特に、筆圧が強い方や、ざらついた紙を多用する方は摩耗が早くなる傾向があります。長年使い続けると、書き手の癖に合わせてペンポイントが研がれ、独特の滑らかな書き味になっていきます。これは万年筆の醍醐味ですが、摩耗が進みすぎると、本来の字幅より太くなったり、書き味が悪化したりします。
交換や調整を検討するタイミング
- 以前と比べて明らかに文字が太くなった
- インクフローは問題ないのに、書き味がザラつくようになった
- 落下などでペン先を曲げてしまった
このような症状が見られたら、交換や調整のタイミングかもしれません。ペンドクターと呼ばれる専門家に研ぎ直しや調整を依頼することで、書き味を蘇らせることも可能です。
つまり、ペン先に物理的な寿命が来るというよりは、書き手の求める書き味を維持できなくなったときが、メンテナンスや交換を考える時期と言えるでしょう。
メーカーの保証期間はいつまで?
ペリカン万年筆の保証期間は、購入した国や販売店の規定によって異なりますが、一般的に日本国内の正規販売店で購入した場合、購入日から3年間のメーカー保証が付いています。
この保証は、製造上の不具合や、通常の使用範囲における自然故障を対象としています。保証を受けるためには、購入日と販売店名が記載された保証書(ギャランティカード)が必須となりますので、大切に保管しておきましょう。
保証の対象外となるケース
以下のような場合は、保証期間内であっても有償修理となるか、修理自体を受け付けてもらえない可能性があります。
- 落下によるペン先の破損や軸の傷
- 誤った使用方法(つけ置き洗浄による軸の膨張など)による故障
- 並行輸入品や中古品、非正規ルートでの購入品
- 保証書の提示がない、あるいは記載内容に不備がある場合
- オークションサイトなどで購入した真贋が不明な製品
特に、インターネットオークションなどで極端に安く販売されている製品には、精巧な偽物(スーパーコピー)が紛れている可能性があります。これらの製品は、当然メーカーの保証を受けることはできません。信頼できる正規販売店での購入が、結果的に安心して長く使うための最善策と言えます。
何か不具合があった場合は、まずは保証書を用意して購入した販売店に相談することをおすすめします。
よくあるご質問(FAQ)
Q2. ペリカン製の万年筆に、他社製のインクを使用しても問題ありませんか?
A2. 基本的に、万年筆用に製造されているボトルインクであれば、他社製のものを使用しても大きな問題はございません。しかし、インクの成分や粘度はメーカーによって異なるため、インクフロー(インクの出方)が変わったり、万年筆との相性が生じたりすることがあります。特に、古典インクや顔料インクは、一般的な染料インクに比べて詰まりや腐食のリスクが高まる可能性があるため、使用する際はこまめな洗浄を心がけるなど、より丁寧なメンテナンスが推奨されます。
Q3. 同じ「F(細字)」のペン先なのに、持っているものと線の太さが違うのはなぜですか?
A3. 海外製の万年筆、特にペリカンのペン先は、最終工程で職人による手作業での研磨が行われるため、同じ字幅の表記であっても一本一本に微妙な個体差が生じます。インクフローの量やペンポイントの丸みの付け方がわずかに異なることで、実際の線の太さや書き心地に違いが感じられることがあります。これは万年筆の「個性」や「味」とも言えますが、もし特定の太さを希望される場合は、購入時に試し書きをさせてもらうことをお勧めします。
Q4. しばらく万年筆を使わないのですが、どのように保管すれば良いですか?
A4. 1ヶ月以上使用しない場合は、必ず内部のインクを抜いてから洗浄してください。インクを入れたまま長期間放置しますと、ペン芯内部でインクが完全に乾燥・固着してしまい、頑固なインク詰まりや故障の原因となります。洗浄後は、ペン先にティッシュなどを軽く当てて内部の水分を十分に吸い取り、キャップをきちんと閉めた状態で、直射日光や高温多湿を避けた場所に保管するのが理想的です。
ペリカン万年筆の軸が白くなる問題の予防法
- スーベレーンのストライプ軸は絶対に水に長時間浸けない
- 洗浄は首軸までにとどめ、胴軸は濡らさない
- 洗浄後は完全に自然乾燥させてからインクを入れる
- 古典インクを使用する場合は首軸リングをこまめに清掃する
- 腐食が心配な場合は染料インクを選ぶ
- 最高のメンテナンスは毎日少しでも書くこと
- 長期間使わない場合は洗浄してから保管する
- インク詰まりの解消はまず洗浄から試す
- ピストンの動きが固くなったら専門家に相談する
- ペン先の不具合は無理に自分で直さず専門店に持ち込む
- ペン先ユニットの交換は慎重に行う
- トラブルが起きたらまず購入店に相談する
- 保証書は必ず大切に保管する
- 並行輸入品や中古品は保証対象外のリスクがある
- 安心して使うなら信頼できる正規販売店での購入が一番
合わせて読みたい
この記事ではペリカン万年筆のメンテナンスやトラブル対処法について詳しく解説しましたが、ペリカン万年筆の全体像や、スーベレーンをはじめとする各人気モデルのより詳細な特徴、ご自身に合った一本の選び方については、以下の記事で網羅的にご紹介しています。ぜひあわせてご覧ください。